セーラー服の短い夜
刺激的な映像を見ていた
兄のかたずけ忘れたテープをそのまま何気なく
再生して見ていたのだ
テレビのブラウン管の中では
縛りつけられたセーラー服姿の女子校生の胴体に回転鋸が
まるで木材を切断する様に食い込んでいく場面が映っていた
−どうせ作り物に決まってる・・・−
そうでないとしたら映像の中の出来事は正真正銘の殺人になる
そんなビデオ兄はどこから手に入れたのだろう
有り得ない そう思いつつも画面の中の妙なリアリティに
ちょっとした興奮を覚えていた
もともと 私は死のイメージと戯れるのが嫌いではない
料理番組で生きた魚やエビ、カニが包丁でさばかれる場面を見て
あるいは世界紀行番組で牛や羊が生贄の儀式等で
生きたまま首を切り落とされる場面を見て
自分が殺される側の生物になるのを想像する位の軽い刺激がむしろ好きだった
けどいま画面の中で切断されているのは
魚でもなく牛や羊でもなくセーラー服姿の女性であった
セーラー服には特別な思い入れがあった
私がつい先日まで通っていた中学校は灰色のブレザーだった
新学期から通い始める高校を決めた理由に制服が含まれていた
−やっぱりセーラー服を着てみたい−
いつも隣町の中学生や道行く高校生のセーラー服姿を羨ましく思っていた
まだ真新しい濃紺色のセーラー服
新学期から堂々と通学で着れる自分の服なのに
こんな真夜中に訳もなく着てる所を
家族に見られたら変に思われる気がして部屋に鍵をかけ
こっそりと箱から出して見る
大きな姿見の鏡を前に
思わずセーラー服に着替てしまう私
ずーっと憧れていた姿がいま確かにそこにある
・・・さっき見た映像が妙に頭から離れなかった
同じセーラー服姿の女性が生きたまま輪切りにされていたのだ
初めてセーラー服を着ている感動を伴って妙に興奮してる
手は無意識のうちに映像の中で切断されていた胴体の辺りをなでていた
どれくらいの時が流れたろう
気がついたらナイフを手にしていた
いつしか私は鏡の中のセーラー服姿の私自身と
たちひざになって正面から向き合っていた
何気なくひだスカートの上からお腹にナイフをあててみる・・・
肉や魚を切るように
−このまま力を込めてお腹に食い込ませたら・・・−
そんな事したら大変な事になる 判っているのに・・・判ってはいるのに・・・
赤い一本の紐で腹部を縛られた様な 先刻の映像が脳裏に浮かぶ
高まる心臓の鼓動
だんだん呼吸が荒くなってきた事に自分では気がついてなかった
・・・自分の行動が信じられなかった
ナイフの一番尖った先端を反射的に右脇腹に突き立てていたのだ
鋭い痛み
「うっ！！」と短くもらす呻き声
スカートを貫通して肉体に食い込むナイフ
じわじわとあふれてくる真っ赤な血に次第に濡れ染まるひだスカート
もう止められない、戻る事もできない
我にかえる事よりも初めて体験する異常な刺激に身を任せる他無かった
誰に教わった訳でもないのに
お腹を切り裂きながらナイフを左脇腹まで
移動させるべく腕に力を込める
ひだスカートのざくざくとした切りごたえが
まるで私にだけ許された猟奇的殺人行為の様で
さらに自虐的な興奮に拍車をかける
だんだん呼吸さえも苦しくなってきた
不思議と痛みは表面だけに感じていた
これが腸というものなのだろうか
切り裂いたひだスカートの間から
理科で習ったとうりのチューブ状の長い紐の様なものが
露出してるのが見える
それはナイフでお腹をえぐるたび
肉とひだスカートといっしょにぶちぶちと細かく分断されていく
切断自体は調理実習で習った肉を切る時の感触と変わらなかった
けどいま切れていくのは
まぎれもない私自身の内蔵だ
死が確かな感触で迫りつつ有るのを全身で感じとっていた
−こんなつもりじゃなかったのに・・・−
後悔めいた声にならないつぶやきがいっそう自分自身の悲愴感を高めていた
鏡にうつったセーラー服姿の自分のお腹にはパックリと赤黒い穴が開き
心臓の鼓動に合わせて溢れ出る血液が容赦なくスカートを赤く染める
足ががくがくして体を支えてられない
耐えられず前のめりにうずくまる
両腕はたったいま自分で切り開いてしまった腹部から内蔵があふれ出てくるのを
押さえる様に腹部を覆う
セーラー服の三角形の大きな白襟と胸の可愛らしいりぼんが視界一杯に飛び込む
−ごめんね まだ買ったばかりで 初めて着るのに・・・−
もう取り返しがつかない状態なのは自分が一番判っていた
後悔よりも不思議な満足感に満たされていた
全身から力が失われていくのを感じていた
鏡の中の私はついにぴくりとも動かなくなった
何もない冷たい死が私の肉体に訪れたようだ